海苔業界の課題
水産大学校 生物生産学科 
鬼頭 鈞


はじめに
 我が国の海苔業界では、毎年需要に見合う生産量が確保されるとともに、それらがスムースに流通しており、一見安定した業界かのように見える。しかし、実際には、最近の人々の食に対する志向の変化あるいは他の食品との競合問題などにより、海苔の価値が大きく減退しており、業界の実状には苦しいものが有ると伺える。具体的には、海苔製品の低価格化傾向が顕著で、年々、毎年の総生産金額が落ち込んできている。養殖の現場では、生産コストの削減、後継者不足の問題、養殖場の環境悪化など、生産の存続が懸念されるような課題が多く、そして多岐に渡っている。 ここでは業界が抱える多くの問題のうち、特に対象種であるアマノリ類に関連する幾つかの事項に限って論議し、業界の発展を探って行く機会としたい。

1.生産の現状
  近年、我が国の乾海苔の生産は、約100億枚、金額にして1,000億円弱の状況である。国内の消費量の限界が約95億枚と見られており、生産量はこの消費量に強く規定されているものと思われるが、過去最高の生産数量は約110億枚であり、現在でも潜在的な生産能力はこれに匹敵するものがあると思われる(全海苔漁連,2000)1)。このように、生産量が常に過剰気味に推移する傾向は、20年ほど前より続いており、海苔の平均単価は横這いあるいは若干の下降傾向を示しながら、今日に至っている。低価格化が進むと、当然、生産コストを抑えるための、いろいろな手段が試みられ、生産規模の拡大あるいは生産効率の向上に繋がる種々の技術の開発に力点が置かれてきた。結果として、製品の質の問題が置き去りになり、ここにきて、贈答品として利用されるような高級品の安定的な生産技術の確立が急務とされるようになった。

2.低価格化傾向に対する製品および生産技術の特徴
 昭和40年代の後半にはいり、ノリ養殖をめぐる技術は、漁場の沖合への拡大、多収穫性品種の開発、酸処理技術の導入などを中心に、量に繋がる諸々の要素技術を体系的に整理した、一連の完熟した量産技術へと成長していった。消費の分野では、これ以降いわゆる業務用商品の消費が飛躍し、昭和60年代後半になると、外食産業分野でのおにぎりや巻きずしなど、ファーストフードとしての消費が伸び始め、これら業務用の海苔消費が全生産の半分以上を占めるようになった。このような海苔の消費形態は大量に、同一品質の製品を必要とし、生産の現場には、大きなロットの商品の供給が要求されるようになった。また、この業務用商品の流通は、特定の流通業者によって、一度に大量に扱われるような特徴、すなわち流通業者の寡占化を生み出し、結果として、低価格化傾向に一層の拍車がかかることとなった。海苔製品の低価格化は、当然のことながら、低生産コストにつながる技術あるいは生産体制の導入を余儀なくされ、生産過程のあらゆる面で、大型機械の導入が促進され、大型つみ取り・酸処理船、大型乾燥機が普及し、これら機械化が適合する生産体制として、浮き流し式養殖が多くの漁場で主流となった。古くから行われてきた支柱式養殖は激減し、大規模な漁場としては、有明海を残すのみとなってしまった。

3.養殖方法と製品品質の特徴
 「支柱式養殖法」とは、海底に突き刺すように設置された竹竿あるいは合成樹脂性の支柱に、ノリ養殖網ひびを結わえてセットし、養殖する方法で、潮汐の干満の大きな時期には、網ひびが一定時間空中に露出する、いわゆる「干出」と言う状況が加えられる特徴をもつ。これに対して、支柱が立たないような深い養殖漁場では、アンカーと浮きをロープで結わえ、いわゆる「筏」と称する、複数のノリ養殖網ひびをセットできる基盤的な施設を予め設置し、これに網ひびを結わえて養殖する「浮き流し式養殖法」で行われる。支柱式養殖では、干出が加わることで、一般に製品は赤味を帯び、柔らかく、味に富んだ特徴を持つとされている。これに対し、浮き流し式では干出は加えられることがなく、製品は黒味を帯び、硬さが顕著で、作りがしっかりしているとされている。このような両者の特徴は、最終商品としての利用形態にも違いが生じ、前者は主として焼き海苔として売られ、高級な物はいわゆるギフト商品として重要視される。中下級品については、いわゆる業務用の焼き海苔として、一般の流通経路で大量に販売される。これに対し後者は主として、業務用として利用され、おにぎりや巻いた姿で売られるお寿司、あるいは焼いた海苔として、一般に量的に扱われる商品として利用される。海苔は伝統食品として、我が国では古くから親しまれ、その味も馴染みの深い物であった筈である。しかし、今日の養殖製品にはその風味が消え、わずかに天然の岩礁地帯から採取される、いわゆる「岩のり」にサれが残っているとされる。この風味の喪失は干出を与えない浮き流し養殖で作られた製品でより顕著であるとされる。海苔は嗜好品であることから、味あるいは風味は最も大切な要素である。今後はこの点に
焦点を当てた、新たな養殖技術の開発を心がけてゆく必要がある。

4.現在の製品等級が持つ矛盾
海苔製品は生産されると、それぞれの生産者が所属する漁業組合の検査場で、そこに専属的に配置されている検査員によって、等級が決定され、区分けされる。各等級を規定する要素は、製品の色、艶、100枚が一束となっているが、それを検査員が取り上げたときの海苔としての風格、あるいは重さなどである。これらの判定は全て検査員の五感によって行われ、客間的な数値として評価されるような要素はない。海苔は食物であるから、味が最も大切な要素であると思われるが、これまで味は外観的な色などの要素と相関があるものと考えられていた。従って、従来入札の時に、特に、味を取り上げて評価するようなことはなかった。最近になって、幾つかの生産地で、新しく付加価値をつける目的で、「味等級」と称する等級を設置する試みがなされた。この味等級は、漁業組合の職員などが味覚検査員となって、生産条件の同じ製品群を1つの単位として、全ての単位区について味覚検査を行い、味の有る製品とそうでない製品に区別して出荷する試みである。この新しい等級の設置は、味と言う要素を流通の舞台に引き出したと言うことでは評価できるが、一方では、味等級に入らなかった製品の価格低下を引き起こし、海苔の価値を全体的に高めるという観点からは必ずしも歓迎されるものではなかった。現在、生産の現場で「検査」と称して、行われている、この等級の決定は、製品が流通に渡る最初の段階での「入札」に向けて行われているものである。ただ、この等級はその後の中間流通の段階でも適用されているようで、いわばこの数値と海苔が採れた産地名は海苔にとって生涯の身分証明証のようなものである。そして、この等級は売り手と買い手が値段を決める上で、唯一の客観性のある数値として、互いに了解して取り扱っているものでもある。しかし、前述のごとく、味とこの等級数値が必ずしも一致しないことが次第に明らかになり、特に、味を重要な要素としている高級品などに関しては、問題化しつつある。この点に関し、非破壊検査機器、すなわち呈味成分の量および組成あるいはそれと相関性の有る物質の量等を測定することにより、大量の海苔を手軽に品質評価しようとする技術開発も進められている。

5.酸処理技術がもたらす問題点
 ノリ養殖では、人工的に殻胞子を着生させた網ひびを、養殖漁場で約1ヶ月間育苗管理し、その後、成長した葉体の摘採を繰り返して生産を続ける。この育苗の間に、網ひびに天然のアオノリが混成し、かっては、製品の商品価値が著しく低下することが問題であった。このアオノリだけを、選択的に消滅させるために生まれた技術が酸処理技術である。この技術は昭和40年代の後半に、千葉県の漁業者によって考案された。その後、業界では処理剤として種々の薬剤を使う動きが伺われ、混乱を避けるために、水産庁は有機酸に限ることと、使用に関する諸注意を示した水産庁次長通達を、昭和59年に出した。その後この技術はアオノリ駆除効果だけでなく、病原性を示すバクテリヤ類や藻菌類等の駆除あるいはそれらの病勢を減衰させる効果があることが明らかとなり、今日では養殖上なくてはならない技術として、広く全国で利用されている。長く消費者から海苔は天産物で、養殖とはいっても殆ど人の手のかからない、野生に近い状態で作られる産物として理解されてきた。上述の酸処理技術はそのようなイメージを損なう要素を持っているようで、最近になって幾つかの食品に関する書物の中で、海苔の自然食品としての立場を否定するような指摘を受けている。この酸処理に関連し、現在、養殖を行っている幾つかの県、あるいは中央団体である全漁連などでは、海苔の食品としての安全性を明確にする目的で、機会ある毎に、海苔の成分分析を行っている。また、幾つかの県では、漁場の環境変化を監視するため、漁場環境のモニタリングも継続している。更に、全漁連および全海苔漁連は使用処理剤の成分監視に責任を持ち、自主的な認定作業を毎年行い、その結果を下部団体
である各県漁連に連絡し、秩序ある使用を徹底している。

6.養殖品種の問題
 今日、ノリ養殖に用いられている種類は、アマノリ属植物の、アサクサノリとスサビノリである。しかし、実際に多用されているのは、これら両種の内の限られた系統株(品種)である。昭和40年代の前半に、漁業者の手によって、養殖網ひび上に育った集団より、成長速度の速い株が選抜され、徐々に特定の品種として固定されていった。Miura(1984)はこのような品種をナラワスサビノリおよびオオバアサクサノリとして、それぞれスサビノリの変種およびアサクサノリの品種として、分類学的な観察結果を報告した。その後、各地にこれらの品種が伝えられると、それぞれの先で、異なった名前が付けられることが多く、品種名に関しては、現在もかなり混乱を来している。これはアマノリ類という植物が、特性評価が極めて難しいことと、生育環境条件のわずかな違いによって、形態変異が極めて顕著に現れることに起因しているものと考えられる。このような混乱を解消するには、品種間の差異を明確にする必要があり、遺伝子レベルでの多型性の解析が有効と考えられる(鬼頭,2000)。 平成年代に入って、色素変異体の体色をマーカーとして交配を行い、新しい品種の作出に成功した例が報告されている(Miura and Shin,1989 )。これまでの品種開発は何れも成長速度の向上を主な目的としており、味あるいは製品品質の向上を、実験当初から目標にして取り組んだ例はない。今後は、製品の差別化が必要とされることから、製品品質の向上が最も重要な課題となるものと考える。

7.終わりに
 海苔の生産量は現在、過剰気味に推移していて、生産者サイドの問題がより深刻である。今後さらに、いわゆるIQの枠がはずれ、輸入量が増加することも考えられる。そうなれば生産サイドは大変な打撃を受けることは必至で、極めて厳しい状況に追い込まれるであろう。この事態を乗り越えるには、国内生産品の差別化、すなわち外国製品に負けない質的な優位性を確立しておく必要がある。また、産地毎の特徴的な製品の作出など、新たな付加価値を見いだすことも重要である。何れにしても、具体的な内容としては、味の向上もたらす新品種の開発および味を目標とした一連の養殖技術の体系化などが重要な研究課題となるであろう。また、近年陸水域を中心に、いわゆる環境問題が取りざたされている。今後はこれを延長する形で、沿岸域の環境問題、すなわち浅海域の水環境、あるいは生態系などの課題が注目されるものと考えられる。陸水域の生物の多様性問題がクローズアップされていることに関し、いわゆる里山論に象徴されるように、一次産業が環境保全に果たしてきた役割は極めて大きいものが有ると考える。このような意味から、何時までも我が国沿岸域で、ノリ養殖が続けられ、同じ海域でアサリが、そしてその他の魚類が漁獲され続けることが大切で、そのためには漁場環境の保全に努めることが責務であると考える。今後、この海域の生物の多様性に関する研究が、これまで以上に、いろいろな学問分野から展開されてゆくことに期待したい。

参考文献
全海苔漁連(2000) ノリ業界の現況,  全海苔漁連, 22p.
A. Miura (1984) J. Tokyo Univ. Fish. 71, 1-4.
鬼頭 鈞(2000) 海苔と海藻, (60),17-20.
A. Miura and J. -A. Shin (1989) Korean J. Phycol. 4, 207-211